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星咲の脳内が垣間見れます。
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「なーなしーのさん」

相変わらずキセルを吹かしている七篠さんに声をかける。
顔がないくせに満足そうな顔なんてして。
煙草は好きじゃないけど、七篠さんの吸うキセルは好きだ。
煙たさがないというか、ふわりと鼻先を掠めてはとろんと気分を楽にさせてくれる。
頭の中から余分なものを取り去ってくれるような、春の昼間に吹く風みたいな不思議な煙だ。

「どした?」

滑らかな動きで、軽い音と共に火のなくなった刻み煙草の灰を灰吹きに落とす。

「キセルばっか吸ってさ、暇じゃないの?」
「頭の足りない奴だな。キセルばっか吸って忙しいんだよ」
「忙しそうには見えないんだけど」

さり気なく七篠さんの足下に揃えられている刻み煙草に手を伸ばす。
すると、七篠さんは僕の手が届かないうちに、ひょいと刻み煙草の入った箱を移動させてしまった。
にべもない。
心なしか、七篠さんは僕がキセルに近付くことを嫌っている。
でも、顔のない七篠さんの表情からは何も読み取れない。

「お前は分からなくていいの」
「何それ」

七篠さんが僕の頭を小突く。
痛い。
七篠には加減ってものがない。
膨れっ面をすると、七篠さんは苦笑いを零した。

「何かあったって顔してんな」
「何にもないよ。僕には最初から」
「隠したって無駄だ。煙草の味ですぐ分かる」
「味で?」
「いや、気にすんな」

首を振って、僕と話す片手間で丸めていた刻み煙草を火皿に詰める。

「何もないっつうのは有り得ないだろ」
「ないよ。何も。なくしたんだから」
「ははーん、またなくしたっつうのか。懲りないねぇ、お前も」

からかうように笑って、炭火で火を点けて七篠さんがゆったりとキセルを吸う。
煙草のなくなった箱を、硝子のない窓の外に放り投げて、七篠さんは煙を長く吐き出した。

「俺が言えんのは、割り切れってことだけだ」

箱が描いた弧をなぞるようにして紫煙が揺らめいていく。
七篠さんの目は、その煙を見守っているようだった。

「今ないもんはないし、今あるもんはある。それだけだ。過去にどれだけあったもんでも今ないんなら、悔やんだってないもんはない。その逆も然り。そゆこと」
「割り切ってるなぁ」
「割り切ってるからな」

気付けば、七篠さんの周りは燃やされるのを待つ刻み煙草でいっぱいになっていた。
あれを吸わなきゃいけないとなると、確かに大忙しだ。

「気がすんだらとっとと戻れ。そろそろ戻らにゃならんだろ」
「んー」

七篠さんの傍はどうしてか落ち着く。
キセルの煙のせいか、この欠けたもので溢れた空間のせいか。
ここにいると、満たされる気がした。
互いに欠けたものを互いに補って、ないものを認めあってあるものを尊んで。
でも、ここにあるものたちは、割り切ってる。
他のものにあるものを羨ましがったりしない。
満たされたような気になっているだけで本当は満たされていないのを分かっていながら、それでも欠けていることを嘆いたりしない。
だからかな、こんなに心地よいのは。

「ありがとう、七篠さん。元気出た」
「どういたしまして。ほら帰った帰った。ここは長居する所じゃねぇぞ」

ふと見ると、七篠さんの周りにあった刻み煙草の数は減っていた。
いつの間に吸ったのか不思議だったけど、今日は素直に帰ることにしよう。
綿の入っていない座布団から腰をあげて、鍵のない扉に手をかける。

「じゃあまたね、七篠さん」
「おー」

振り向くと七篠さんは飽きもせずキセルを吹かしていた。
白い煙が邪魔で、七篠さんの表情が見えなかったけれど。
気の抜けた返事があったから、よしとしよう。




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