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星咲の脳内が垣間見れます。
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「…よし。行くぞ、ヴェルグ」
仲間達がいなくなった部屋で、フレースはごくりと喉を鳴らした。
右腕に止まる鷹に声をかけ、ゆっくりと足を踏み出す。
覚悟を決めて石造りの扉に触れた刹那、フレースは仲間達と同様に、その場から消えた。


一瞬意識が途切れた後、フレースが目を開けるとそこには暗闇が広がっていた。
左手の松明が照らし出す明かりには、フレースとヴェルグの影だけが浮かび上がっている。
「おい、皆いるか?」
焦りを覚え辺りを照らしてみるものの、誰の姿も見えない。
フレースの問い掛けは闇に溶け、松明が燃える音だけが静寂を破っていた。
「どういうことだ…?」
立っている場の幅は5m、高さは7mほどで、床は真っ直ぐ奥へと伸びているようだった。
閉所ではないものの、ヴェルグは暗闇に弱い。
鷹使いの身としては辛い状況だ。
「…ヴェルグ」
腕の愛鷹を見れば、警戒しているとも怯えているともとれる表情でじっと身構えていた。
フレースを掴む爪の力も、幾分強まっているように感じる。
ここで自分がうろたえれば、それが鷹に伝わって不安にさせてしまう。
主人である自分がしっかりせねばと、フレースは毅然とした態度で松明を握り直し、闇を見据えた。
「行こう」
ヴェルグが僅かに羽を広げ、姿勢を整える。
その横顔に安堵を覚えながら、フレースは奥へと足を進めていった。


松明を持たぬ者への罠なのか廊下に仕掛けられていた落とし穴を通り過ぎ、フレースは廊下を歩き続けた。
闇が、果てはないのかと錯覚させる。
フレースの堅い足音と炎の音だけが響き、やがて彼らの前に扉が現れた。


カシャン


が、喜んでばかりではいられなかった。
扉の前で立ち塞がっていたのは、4つの手を持つ骸骨。
白骨の手にはそれぞれブロードソードが握られ、深い闇をたたえた眼腔はフレースに狙いを定めていた。
「ヴェルグ、離れろ!」
号令と共に腕を払えば、鷹の爪が離れ、羽音が頭上から降ってくる。
鳥目であるヴェルグを、薄暗闇の中で戦わせるわけにはいかない。
羽音は、フレースから離れた場所から響いている。
つまり、危険に晒されるような位置にはいない。
ヴェルグの安全を確信したフレースは、松明を床に置き、すらりと鞘から剣を引き抜くと左手に盾を構えてスケルトンウォーリアを睨み付けて対峙した。
一人で、しかも薄暗闇での戦闘に不安はある。
けれど今の彼には、応戦するより他に道はない。
フレースが動くより先に、スケルトンウォーリアが躍り出て剣を勢いよく降り下ろす。
「──ッ!!」
刃先は明らかにフレースの喉を狙い、避けきれなかったフレースは歯を食いしばって目を堅く閉ざした。
血肉が鉄に切り裂かれる湿った音がフレースの耳に届き、ほぼ同時に喉のあたりに衝撃が走る。
だが、フレースに永遠の瞬間は訪れなかった。
「…?」
不思議に思い恐る恐る瞼を上げる。
開けたフレースの視界に、あるものが舞った。



──鷹の 羽 。



「……ヴェ、ルグ?」
目を見開き、呆然と足下に視線を落とす。
そこには、紅い血の海に沈んだ愛鷹の姿。
体中の血が、サッと引いた。
「ヴェルグ!おい、ヴェルグ!!」
剣と盾を放り出して屈み、ヴェルグを抱き上げる。
触れた指先に伝わる鼓動は弱々しく、息もいつ止まるやもしれないほどか細いものだった。
腕の中でぐったりと血を流すヴェルグの身体がどんどん冷えていく。
「ヴェルグ…!!」
応急処置を施そうとしたフレースの視界の端で、スケルトンウォーリアの剣が振り下ろされる。
無駄だと分かっていながらも、ヴェルグを抱く右腕はそのままに、フレースは左腕を掲げた。

もう、自分はどうなったっていいから。
腕なんて、失ったっていいから。
どうか、どうかヴェルグだけは──。

左腕に刃が食い込もうとすると同時に、衝撃がフレースのこめかみを駆け抜けた。
「…ッ?!」
覚えのある痛みに咄嗟に振り向けば、そこには、愛鷹の姿があった。
目は生命に満ち、柔らかい身体からは温もりが伝わってくる。
「え、……ヴェル…グ…?」
掠れた声で呟き、腕の中へと視線を戻す。
右腕からは血に塗れたヴェルグの身体は消えていたが、生々しい死の感触は残ったままだった。
「ヴェルグ………ヴェルグ、無事で良かった……」
震える手で鷹を撫で、肩に止まる温かさに顔をうずめる。
ヴェルグは、静かにフレースへと身を任せ、すりすりと擦り寄った。
「ヴェルグ…」
名を呼んで、涙腺が緩みそうになるのをぐっと堪える。
怖かった。
何も考えられなくなって、ただ怖くて。
この存在の喪失は、全ての喪失だと、過言などではなく、そう痛感した。
あれは幻だったけれど、決して実際に起こらないことではない。
ヴェルグは、自分が想うのと同じくらい、あるいはそれ以上に、自分を慕い、想ってくれている。
主人の危機となれば、躊躇うことなく盾となるだろう。
そんなこと、させない。させるわけにはいかない。
己を繋ぐものは鷹で、鷹を繋ぐのは己なのだから。


唇をきゅっと引き結び、フレースは目の前に立ちはだかる扉を仰ぎ見た。



汝 力を求めしか



刻まれた文字を頭で理解するより早く、フレースは心の中で答えた。



欲しい。
力が。
大切なものを守り、自分を守る力が。

──欲しい。



無言の問いに無言で答えれば、音もなく重厚な扉が開き、隙間から溢れた光が暗闇を飲み込んでいく。
眩い光の洪水の中、フレースはその奥をじっと見つめ、肩に感じる爪の鋭さや確かな存在の温もりに感謝と喜びをかみ締めつつ、歩きだす。
あの冷たさと決意を、胸に刻んで。





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「だからてめぇ味付けが濃いっつってんだろーだよ!!!!!」

怒号と共に、ほかほか食堂がまるで生き物かのようにびくりと揺れた。

「っせぇ!これは俺の料理だ!いちいちケチつけんじゃねぇよ貧乏くせぇ味付けしやがって!!」
「ンだとコラ!余計な味付けで素材の味惨殺しやがって!謝れ!蓮根に謝れ!」
「だーかーら、余計じゃねぇっつったら何度言ったら分かんだよ果皮抜かれた糸瓜みたいな脳味噌しやがって!!こんくらいの味付けの方が蓮根の旨みを引き出せんだよ!!」
「んなわけあるか!旨み引き出すどころかこれが蓮根かどうかも怪しいくらいに蓮根の味を破壊してんじゃねぇか!お前蓮根の味ちゃんと分かってねぇだろ!!」
「んなことねぇよ分かってるっつうの!だからこそこの味を最大に生かすべくこんだけ味付けして引き立ててんだろ?!飯が進んでしょうがねぇっつの!!」
「飯が進むだけが美味い料理じゃねえんだよ!!」
「だーもう!俺の料理に口出すなよ!お前そう言ってたじゃんかよ!」
「俺が口ださねぇっつったのはそれぞれの定食についてだこのトリ頭!!これは個人の定食じゃねぇ、ほかほか食堂全体の定食だ!全員で味揃えねーと客が困んだよ!!」
「そういうことはさっさと言えや!!」
「てめぇがここに来た時に行ったじゃねぇか!!」
「覚えてねーよ!!」
「覚えてろ!!ついでに俺の味付け具合も覚えとけこれが俺の里芋だ!!」


「…うま」
「たりめぇだ」


「…もう終わった?夕霧さん、柏木さん」



ほかほか食堂は今日も賑やかである。

  

日付:1月15日  

 


 

天候:晴れ

 


 

担当:夕霧

 


 

今日の反省:

売り上げはいつも通り。
相変わらずの客ばかり来る。
それは悪いことじゃないし寧ろ気がおけないから良いんだが、新しい客も集めたい。
どうすれば来ると思うか意見があったら書いてほしい。

料理に関してもいつも通り。
良くも悪くも各々の個性がでていながらもほかほか食堂としての統一感がなされていて客も満足していたようだ。
当たり前のことだが残飯は無し。残飯が有ったら死骸も有るから分かるだろうが。
接客も悪くない。
慣れた客にも礼儀は忘れずにということを皆守れていたと思う。
清掃に関しては、時間をかけて丁寧にすることも大事だが手早く済ませることを優先するように。
ただ、手を抜けということじゃない。
目に付く部分は特に気をつけて清掃するように。客は見てるぞ。


そろそろ春からの新定食を各自考えておくように。







ほかほか食堂の「ほかほか日誌」より抜粋。







 

 




伸ばした手は、青白い光に縁取られ漆黒に浮かんだ。





幼い頃から、俺は蔑まれてきた。
ゲヘナの地に、その魔力に適応した新人類の銀糸の民(アディーム)として生まれ、突然変異の異端者だと親から敬遠され人間(ハンサーン)から迫害され生きてきた。
親の関心を引こうと幾多の書物を紐解き学問に没頭した。
次第に知的好奇心が湧き、磨きに磨きを重ねていった。
しかしそれでも、親は振り向くどころか更に距離を置いた。
その絶望は、黒沙帯に突き墜とされるよりも苦痛に満ち深夜の偽りの空よりも深い闇を孕んでいた。
今までの努力の無意味さを間の当たりにした俺は、生まれ育った都市を離れた。
親は止めなかった。
周囲の人間はこれ幸いと気色悪い笑みを浮かべて見送った。

魔物がはびこるゲヘナで生き抜くには力が必要だった。
都市で暮らしていた時とは違い、一人旅では魔の手から逃れる術がない。
考えることも迷うこともなく、俺の足は紫杯連(マーリク)へと向かっていた。
聖魔の力を併せ持つ頽廃の果実酒(ザクムのエキス)を摂取し超人的な力を得た享受者が集う紫杯連。
俺はその中でも知性派享受者が組織を成す“鐘杏”へ赴き頽廃の果実酒を望んだ。
享受者としての資質を認められ、俺の前に蒼い酒が注がれたグラスが差し出された。
俺は右手をナイフで切り鮮血を滴らせ、頽廃の果実酒の強い毒性を薄めるべくそれらを混ぜた。
紫の酒。薄めても依然として神の邪霊の力が含まれた毒を持つその酒は、力の足りぬ者を死に至らしめる。
強大な力に耐え生き残る確率は5割。強大な力に負け没する確率も5割。
生への執着心はさしてなかった。
死ぬ理由を渇望していたのかもしれない。
死ねばそこまで。
生き延びたなら──薄汚い人間がおらず迫害もないであろう地上を目指すのも悪くないだろうと。
俺は静かに、グラスに唇を寄せ頽廃の果実酒を呷った。

 

結果、俺は心身を蝕む毒を耐え凌ぎ神と邪霊の力を手に入れた。
より地獄に適した身体へとなり、身体能力も飛躍的に向上した。
保身の為にと炎術を独学で学び会得した。
鐘杏に登録し頽廃の試練を受け享受者となりこの地獄で一人でも生きていけるようになった。
多額の報酬と価値ある経験が得られる依頼をこなす為には他人と仲間になることは避けられなかったが、構成員に人間がいなければそれでよかった。
俺は一人で生き、一人で戦い、一人で地上を目指し、一人で死ぬ。
そう、自分の運命を定めそれに準ずることを決意した。
 
 
 
「――…」
今にも消えそうな星の光が散りばめれた夜空の元で、対象が絶命してもなお貪欲に生命を貪り続ける黒炎を掬い上げ漆黒の闇に溶かす。
足元に転がった黒い塊は、通り掛かりの俺を襲おうとした醜怪な魔物。そしてその下には辛うじて原型を止めている人間。
攻撃を仕掛けてきた魔物に応戦した俺を助けようとでもしたのか飛びこんできた、冒険の意欲に満ち溢れた享受者になったばかりらしい、人間。
呆気なく魔物の尾に捕まり身の自由を奪われた奴を人質だと言わんばかりに掲げてきた魔物。
だが俺にとって人間は”人質”になるには安過ぎた。
寧ろ、人間を焼き殺せる幸福感を覚えたほどだ。
俺は迷うことなく、余裕が生まれ油断した敵と苦痛と恐怖にまみれた人間共々地獄の業火で焼き殺した。
断末魔の叫びをあげ、縋るものを求め伸ばされた腕。
もはや炭となったそれを踏み付ければ、ボロボロと脆く崩れ去った。
「…ゼラキエルよ」
視線を見苦しい足元から偽りの空へ向ければ、そこにはゲヘナからの脱出口のような満月。
透明な光を放つそれに手を伸ばすが、勿論届きなどしない。
「何故――神を裏切った」
分かっている。
それは悪しき人間共が聖の力には目もくれず邪の力へを走りそれに絶望したから。
俺は、人間ではないのに。人間などよりも優れた種族の民であるのに。
人間と等しく、地上と地獄とを繋ぐ月の道を閉ざされたまま。
「何故――イベラルの手を取った…」
地上にも人間がいるという。
いや、正確には地上は人間しかいないのだという。
しかし、神から注がれる地上の温もりを受け生きる人間はこのゲヘナの人間のように私欲に穢れてはいないだろうと思う。
種族が違おうと嫌悪せず他者を認める心があるだろうと。
 
「神よ――」
 
黒炎では衝動を満たせない
白炎では心まで癒せない
 
なのに何故、このように魔に親しい身体を持ったのか………
 
 
 
月はただ、美しく漆黒の水面に浮かびゲヘナをその光で包みこんでいた。








前回の依頼をこなし、平凡な日々を送っていた彼らの元に現れた一人の少女。
その小さな手には、古びた地図が握られていた。
これは宝の地図なのだと言う少女の話を半信半疑で聞いていた一行だったが、とある有名な学者の一言によりその腰を上げることとなった。
そう、学者は確かにこう言ったのだ。
 
少女の持つ地図は、宝の地図だと――。
 
早速地図の示す場所へと向かった一行を待ち受けていたのは、知能が求められる数々の仕掛けだった。
5人の知恵を振り絞り、どうにか行き着いた先には、部屋一つ分ぽっかりと空いた大きな穴。
付近に埋め込まれていた石版の指示通りに、一行のリーダーであるエドワード(♂)が立つと、その足元から部屋の半分ほどまでの細い道が現れた。
「…道ができたよ?」
エドワードがくるりと振り返る。
いつもほわほわとしている彼が崖っぷちにいるだけで心配なのに、立ち位置はそのままに動かれて、一行は一瞬冷や汗をかいた。
「と、とりあえず戻って来いエド!」
「はーい」
エドワードと親しいヴァーナ(半獣/人×狐)のアカネ(♂)が手招きすると、何が楽しいのかにこにこと笑顔を崩さないままエドワードが戻ってくる。
心配の種がなくなったことにほっと安堵の息を吐くと、一行は現れた中途半端な道に目をやった。
道の先端から向こう側まで行くことは、俊敏なアカネの跳躍力をもってしてでも不可能だろう。
ここは、やはり石版に書かれている文章を頼りに仕掛けを解くしかない。
「ここの文章が…」
「いや、これが指す意味は…」
パーティのメンバーそれぞれが頭を寄せ合い意見を出し合う。
皆各々の意見は微妙に食い違い話し合いがもつれる中で、最初に謎解きを投げ出したのは俺様至上主義者・エビル(♂)だった。
「あーもーやってらんねぇ。行きゃ分かんだろ、さっさと行くぞ」
「え、エビル、それはやめたほうが…」
ほんわりと制止するエドワードの声には耳も貸さず、ずかずかと我が道を行くエビル。
彼が道に足を踏み入れ2、3歩歩いていたところでそれは起こった。
「お?」
「あ!」
「え?」
「っ!」
「ん?」
それぞれがそれぞれに驚きの声をあげる。
無理もない。エビルが歩んでいた道は実は滑る道で、彼の2m近くある巨体が素早く移動したかと思うと、暗く大きな穴に吸い込まれてしまったのだから。
「「「エビルーーーーーーーーーッ!?」」」
クールビューティーな両手ガンマン・ミシェル(♀)を除いた3人が穴の淵まで駆け寄り、落ちていった仲間の名を叫ぶ。
最悪の事態が頭をよぎって、アカネは彼の安否を確認しようと何度も声を張り上げた。
脳裏を掠める、師・クレナイの死に顔。
もう、あんな思いは――。
その時だった。
「うっせーな、問題ないつってんだろ」
いつも通りの余裕たっぷりのエビルの声が反響して幾重にも重なりアカネ達の元へと届く。
彼が無事である事の何よりの証明に、立てていた耳をふにゃりと下ろし大きく息を吐き出すと、アカネはそれを利用して深く息を吸いこんだ。
「まんまと罠にかかってんじゃねーよ筋肉馬鹿!!」
「うっせぇ!てめぇがシーフらしくさっさとトラップ探索すりゃあ良かったんだろーがよ!!」
「と、とにかくエビルを助けよう?ほら、ロープあるし」
離れても尚喧嘩を始めるアカネの背に、冒険者セットから取り出したロープを手にしたエドワードが声をかける。
今だ穴を覗きこんだままだったアカネはさっと身を翻すと、楽しそうにそのロープを掴んだ。
「エビルーロープ下ろすよー」
エドワードが先頭に立ち、するするとロープを下ろしていく。
エビルにロープを掴ませ、持ち上げようというのだ。
悪くない考えだが、アカネはふとあることに気付き眉を寄せた。
「…ちょっと待て、あいつ重くね?」
「あ、そう言えばおっきな両手剣持ってたね」
「彼、身長も高いし…体重結構あるんじゃないかしら。装備と合わせて100kgくらい?」
ミシェルの言葉に一行の顔が強張る。
4人の力を合わせるのだから100kgは持ち上げれると思うのだが、果たしてロープがもつのか。
「でも大丈夫じゃない?また落ちても彼頑丈だし、死なないわ」
言外に「死んでも構わないけどね」と言い放ってミシェルのしなやかな手がロープを握る。
「よし、じゃあいくよみんなー。せーのッ!」
エドワードの掛声を合図に全員が海老を釣るべく手に力を込める。
ずしり、とかなりの重みが伝わりロープが不吉な音を立てる。
「おっも…!!」
アカネが歯を食い縛りながらそう呟いた時、むかつくほど平然とした表情でロープに掴まり、ひょいとエビルが地に下り立った。
ゼエゼエと重い獲物を釣り上げた一行が荒く息を乱す様子を見下しつつ、エビルはびしょ濡れのまま穴の底の様子を語り出した。
穴の底には水があり、その上に大きな板が浮かんでいた。その他の様子は見ておらず、浮かんでいた板もどんなものかは分らなかった。
「何かありそうだねぇ」
「調べてみる?」
「んじゃ行ってこい、アカネちゃん」
「アカネちゃん言うな!!」
5人の中で最も小さく身軽でシーフ技能を持つアカネが適任だと自他共に認めると、アカネはちゃっかりエビルに言い返すとロープを腰に巻いた。
「重くなるから虎徹置いてけよ」
「……………分かってるよ」
サムライであるアカネにとって刀は彼の魂と言っても過言ではない。
しかも、彼の装備している虎徹は師から譲り受けた命にも代え難い刀だ。
一時的にとはいえその虎徹を手放し他人の手に預けることには抵抗を感じざるを得なかったが、アカネはしぶしぶ虎徹をエビルに託した。
「行ってくる」
「気をつけてねー」
ひらひらと手を振って見送るエドワードに笑って返すと、アカネは慎重に穴の底へと身を下ろしていく。
暫くロープに掴まって降りていくとやがて足が何かに濡れた。
エビルが言っていた穴の底の水だろう。
大きな板も、水の上にゆったりと浮いていた。
その板に近寄ってアカネが調べてみるが、見た目より軽いというだけで大して変わった様子はない。
場所が暗いから見難いのかと思ったが、板はアカネには持てないほど大きい。
辺りを見回すと、小さな陸があり、その奥には上に上る階段が見えた。
「何か見付かったー?」
上からエドワードの声が響いて、アカネはふわふわの耳をピクリと動かすと階段に向けていた足を止め、四角く切り取られた光を見上げた。
「階段があったー!」
「階段?」
「上向きの階段ー!でもどこに続いてるのかは分かんねー!」
アカネがいるのは深い穴の底。
よって、上を仰ぐ彼の大きな栗色の目にはエドワードらしき人物の影しか見えない。
水と板と階段の他に見渡しても特に変わったものはないし、閉所暗所恐怖症なきらいのあるアカネは出来るだけ早く皆のいる上に行きたかった。
何より、いつもは傍にいて自分を見守り共に戦ってくれる虎鉄がいない。
「そろそろ上に…」
上げてくれ、と言おうとして、しかしそれは敵わなかった。
光の方から小さく声が聞こえたかと思ったその時、エドワードの驚きの声を背に黒い影が降りてきたのだから。
「うわッ!!」
盛大な水飛沫がバシャンという破裂音にも近いような音を伴って舞い上がり、アカネは思わず両手を交差させて顔を塞ぎ目を固く閉じた。
恐る恐る腕を下ろし目を開けると、ぼんやりと闇に浮かび上がる女性の姿が。
「ミシェル姐?!」
「私も調べるわ」
濡れて頬に張りつく髪を鬱陶しげに掻き上げるミシェルの姿は美しく、アカネは暫し見惚れてしまった。
長い髪、整った容貌、華奢な身体。
これであの大きな銃を両手に構え敵を打ち抜くのだから驚きだ。
階段を調べるべくミシェルがアカネのいる陸地へと上がろうと足をそちらに向けて、しかしその歩みを止めた。
瞬きする間も置かずミシェルがとある方向へ銃を構える。
アカネもほぼ同時にある気配に気付き、咄嗟に身体をそちらに向けた。
暗い闇の中、どこからともなく現れたのは、巨大な魚に手足の生えたモンスター・ゲルマン。
「またこいつらかよッ!!」
以前依頼で調査しに行った洞窟ででも遭遇した見覚えのある化け物に、アカネは顔を歪めた。
ゲルマンは決して強い相手ではないが、とにかく見た目がよろしくない。
一刻も早く視界から消し去りたいモンスターだ。
だが、アカネはここに下りる際にエビルに虎徹を渡したために丸腰状態。
虎徹を下ろしてもらおうと顔を上げると、大きく風が揺らぐのを感じた。
「――ッ!!」
またも激しく舞い上がる水飛沫。
伴う音も、ミシェルが飛び降りてきた時より倍近く大きく感じられた。
巨大な何かが落ちてきたことによりゆらゆらと揺れる水の中で、殺気を帯びた影が立ち上がった。
「丁度良かった。新しい武器の威力を試してみたかったんだ」
舌なめずりをし、にやりと口元に弧を描いて低く呟く影は、紛れもなくエビルのもの。
水をかけられて不快に顔を顰めるミシェルと背中合わせにすると、思い出したようにアカネに振り向いた。
「ほらよ、持ってきてやったぜ、アカネちゃん」
「”ちゃん”はいらねぇっつってんだろ!!」
手にしていたアカネの愛刀・虎徹を持ち主に放り投げる。
待ち侘びていたその存在にアカネは手を伸ばし、しっかりと鞘に収まった刀身を握り締めた。
現れたゲルマンは合計5匹。内2匹はエラ辺りから生えた手に弓を装備している。
同じく弓使いのエドワードと、武器を持たない魔術師のウォレンツ(♂)は底には下りず、穴の上からの攻撃をすることに決めた。
そして、一番素早いエドワードが弓を放ったのを合図に、戦いの火蓋が切って落とされた――。
 
 
 
 
「終わったか」
浴びたゲルマンの返り血を拭おうともせず、エビルが新品の大型両手剣を下ろす。
陸地に上がった彼の目の前には、陸地にアカネが斬ったゲルマンの死骸が一体、水面には他の仲間が息の根を止めたゲルマンの死骸が四体無残な姿でぷかぷかと浮いている。
それぞれのゲルマンからほとばしった血で穴の底の水は赤く染まり、水中戦を強いられたエビルとミシェルの服は薄紅色に染まっていた。
「みんなー、大丈夫ー?」
最後の最後に逃げようとしたゲルマンを容赦なく射殺したエドワードの、のほほんとした声が降ってくる。
彼の隣で魔法や呪歌を駆使して仲間の援護を務めたウォレンツも、エドワードと同じように底を覗きこんでいた。
「そっちこそ怪我してない?」
「平気平気!お疲れ様ー!」
ミシェルの問い掛けに笑顔で手を振るエドワードは、とても生き物を殺せるようには見えない。
そんな彼等の会話を耳にしながら、アカネは難しい顔をして突っ立っていた。
今だ鞘から抜いたままの虎徹を握り締める。
終えたばかりの戦闘を振り返って、己の情けなさに唇を噛み締めた。
刀を使う攻撃が中心のアカネは、自然と近距離戦に挑むこととなる。
しかし標的であるゲルマンは水の中で、そこに赴けば水中抵抗を受け命中率も攻撃力も減少してしまう。
それを避けるべくアカネが選んだ戦闘方法は、遠距離攻撃が可能なソニックブームを使用した戦闘。
刀を高速で振り、それによって生まれた鋭い風の刃で相手を攻撃する――師であるクレナイが得意とした刀装備者の欠点を克服できる技だ。
居合抜きのような構えで目にも止まらぬ早さで刀を抜き、後ろでひとつに結った長い黒髪を靡かせ離れた敵を薙ぎ倒し時には切り裂くその姿に憧れ、アカネは「腕を痛めるから」と止めるクレナイに隠れて懸命に練習に励んだものだった。
それなのに。
「で、お前は何したかったんだ?」
「…るせぇ」
ニヤニヤと含み笑いを浮かべ見下ろしてくるエビルから顔を背ける。
アカネが放った3回のソニックブームは、ゲルマンを傷つけることはなかった。
3回とも不発に終わり、結局アカネがゲルマンにダメージを与えたのは陸地での近距離攻撃だけでだった。
1回しか攻撃できなかった上に、技ではなく通常攻撃でしかゲルマンを倒す事ができなかった。
それが、アカネに悔しさを抱かせたのだ。
それに比べ、エビルの戦いぶりには目を見張るものがあった。
水中抵抗をもろともしない絶大な攻撃力。
確実に獲物を仕留める、武器の性能とスキルを存分に生かしたエビルの攻撃は仲間であるアカネやエドワードでさえ恐怖を抱いたほど。
戦闘が始まるなり素早く陸地へと移動したミシェルの銃撃もまた、他の者を圧倒した。
見た目からは想像もつかないような重厚な拳銃を両手に構え、寸分の狂いもなく標的へ弾丸を打ち込む様は恐ろしく、しかし美しかった。
アカネとエドワードそれぞれが倒した2匹のゲルマンを除いた4匹は、彼らが地獄に葬り去ったようなものだ。
「…っ」
敗北。
その2文字がアカネに圧し掛かる。
確かにゲルマンには勝った。アカネも勝利に貢献した。
それでも、アカネは負けたのだ。
エビルという男に。
「おい、泣いてんのか?」
「んなわけねーだろッ!!」
不本意にも悔しさに涙腺が緩み、アカネは琥珀色の耳と尻尾を立ててエビルを睨み付けた。
悔しい。
そして、無力な自分が腹立たしい。
あの人に、師匠に追いついていつか彼を越えてみせるとあの時誓ったのに。
顔を上げても上目遣いになってしまう程身長差のあるエビルは、アカネの表情を見るなり意地悪く笑ってきた。
更に苛立ちが募る。
「いつかっ…いつかぜってぇお前に参ったって言わせるからな!覚悟しとけ!!」
下げていた虎鉄を力強く振り上げて、切っ先をエビルへと向ける。
鋭利な刀を向けられても眉一つ動かさずに、エビルは鼻で馬鹿にしてように笑ってみせた。
「やってみろよ。俺がジジィにならねぇうちに」
嫌と言うほど見せつけられた実力の差。
改めて感じた虎徹の力に依存していた己の姿。
大きく立ちはだかった、エビルという壁。
「越えてみせる…師匠を、いや、お前を!!」
「そいつは楽しみだ。ま、無理だろーけどな」
傍でミシェルがやれやれと溜め息を吐いて、慈愛を帯びた目でアカネを見つめたことに彼は気付いていない。
エドワードとウォレンツが顔を見合わせて、小さく笑ったことも。
ただ、アカネの瞳に映ったのは越えるべき存在――目標となったエビルのみ。
 
やがていつもの口喧嘩になり、ミシェルの銃でそれを強制終了させられたのは、数分後のこと。




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